やっちゃえ先生探究記

生徒の力が引き出される「学習者中心の学び」をデザインしたい教員です。地道な形成的評価を大切に。

もう国語の先生だけに「書く」ことを任せていてはいけないのでは?〜論理の力、どう鍛える?〜

june writing goals

先日、始業式を迎え、残り3か月となった年度が再スタートしました。

今年の個人的なテーマの1つは、「書く」ことを体系的に指導できるようになる。ということです。社会科教員なのに??と思われるかもしれませんが、これまでの教育実践を通して実感したのが「書く力」は一生使える力なのに、それを鍛える機会があまりないということです。

 

◯書くことについて最近読んだ本

①『20歳の自分に受けさせたい文章講義』 (星海社新書) 

アドラー心理学の『嫌われる勇気』を書いた古賀さんの本です。完全に『嫌われる勇気』の著者だ、という前置きがあったため、期待値が高かったのですが、自分が求めている物ではありませんでした。

こちらの本は、Webライター向けの要素が満載です。ブロガーとしてはこの本から学ぶことも多くありました。笑

ただ、同時に教員として、「嗚呼、自分はロジカルライティングをしっかりさせたいんだ」と確信しました。

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書)

 

 ②今読んでいるのがこちらの本です。

ちなみに①②ともにこちらのまとめ記事にも掲載されています。

biz.moneyforward.com

で、なんでこういう本を読んでいるかと言うと、生徒たちに「書く」力をつけてほしいと思っているからです。簡単に実践を紹介します。

 

◯高校2年生に取り組ませている実践

・単元の始めとして導入のワークショップ

・ワークショップを踏まえた質問づくり

(ふせんを使います。その詳しい方法はこちらの記事をご確認下さい。

yacchaesensei.hatenablog.com

・寄せられた質問に基づいた授業

・単元全体が終了後、「自由論述

この自由論述は、授業内の1時間をまるまる使って、「この単元で学んだこと」や「最初に自分(たち)で出した質問に対しての答え」を書きます。

・論述をルーブリックで採点し返却

この論述は年間の成績評価材料として数十%の重みを付けています。したがって、といってはアレですが、生徒たちも必死に取り組みます。あんまりいいやり方ではないのかもしれないですが、入試とその先の人生を見据えて、書く力をしっかりつけてほしいと願っているからです。

 

◯「書く」ことの難しさ

しかし、そうはいってもなかなか生徒が自力で論理的な文章を書けるようになりません。というか、その指導をできていないこっちの責任だなあと痛感します。

小学校から振り返ってみると、基本的に「書く」ということを何で鍛えるかというと

①作文 ②読書感想文 だったように思います。

でもこの2つは、明確な論理構造で書かれる文章ではありませんよね。どちらかというと、「文学」的な領域に入ってくるものでしょうか。

となれば当然、「論理的な文章を書く」ことをどこで鍛えればよいのか、となります。今の日本ではそれを大学で行うような状況かもしれません。でも本当はそういう場所ではありません。

やはり、中等教育がその場所として機能すべきではないかと思うのです。

国語の先生にその負担をすべて押し付けてはいけないと思うのです。

英語など論理構造がかっちりした教科で、日本語でも論理構造を意識させることができます。

数学のような厳然たる論理で成り立つ教科でも、「論理」の威力を感じることが出来ます。

総じて、論理という、「全員が共有する知の構築方式」を学ばなければ、通用しないということの表れだと思うのです。社会科だからと言って、「書く」ことに無責任ではいけないなと思いました。

そう言えば、小論文の名著の長尾先生も、公民科の先生ですもんね。

小論文を学ぶ―知の構築のために

小論文を学ぶ―知の構築のために

 

ということで、この記事タイトルになり、私自身の2017年の探求テーマの1つになりました。うん、へたくそな文章ですが,自分の中で「論理的な帰結」として「論理的に書く力を鍛える」ことに行き着いたので、頑張ってみよう。